いふのは其処だ。千古人跡の到らないといふのは其処だ。あゝ、無言にして聳《そび》え立つ飛騨の山脈の姿、長久《とこしへ》に荘厳《おごそか》な自然の殿堂――見れば見る程、蓮太郎も、丑松も、高い気象を感ぜずには居られなかつたのである。殊に其日の空気はすこし黄に濁つて、十一月上旬の光に交つて、斯の広濶《ひろ》い谿谷《たにあひ》を盛んに煙《けぶ》るやうに見せた。長い間、二人は眺め入つた。眺め入り乍ら、互に山のことを語り合つた。
(四)
噫《あゝ》。幾度丑松は蓮太郎に自分の素性を話さうと思つたらう。昨夜なぞは遅くまで洋燈《ランプ》の下で其事を考へて、もし先輩と二人ぎりに成るやうな場合があつたなら、彼様《あゝ》言はうか、此様《かう》言はうかと、さま/″\の想像に耽《ふけ》つたのであつた。蓮太郎は今、丑松の傍に居る。さて逢《あ》つて見ると、言出しかねるもので、風景なぞのことばかり話して、肝心の思ふことは未《ま》だ話さなかつた。丑松は既に種々《いろ/\》なことを話して居乍ら、未だ何《なんに》も蓮太郎に話さないやうな気がした。
夕飯の用意を命じて置いて来たからと、蓮太郎に誘はれて、丑松
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