語に。
『時に、』と蓮太郎は何か深く考へることが有るらしく、『つかんことを伺ふやうですが、斯《こ》の根津の向町に六左衛門といふ御大尽《おだいじん》があるさうですね。』
『はあ、ごはすよ。』と叔母は客の顔を眺めた。
『奈何《どう》でせう、御聞きでしたか、そこの家《うち》につい此頃婚礼のあつたとかいふ話を。』
斯う蓮太郎は何気なく尋ねて見た。向町は斯の根津村にもある穢多の一部落。姫子沢とは八町程離れて、西町の町はづれにあたる。其処に住む六左衛門といふは音に聞えた穢多の富豪《ものもち》なので。
『あれ、少許《ちつと》も其様《そん》な話は聞きやせんでしたよ。そんなら聟《むこ》さんが出来やしたかいなあ――長いこと彼処《あすこ》の家の娘も独身《ひとり》で居りやしたつけ。』
『御存じですか、貴方は、その娘といふのを。』
『評判な美しい女でごはすもの。色の白い、背のすらりとした――まあ、彼様《あん》な身分のものには惜しいやうな娘《こ》だつて、克《よ》く他《ひと》が其を言ひやすよ。へえもう二十四五にも成るだらず。若く装《つく》つて、十九か二十位にしか見せやせんがなあ。』
斯ういふ話をして居る間にも、
前へ
次へ
全486ページ中165ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング