つて笑つた。やがて一同暇乞ひして、斯の父の永眠の地に別離《わかれ》を告げて出掛けた。烏帽子、角間《かくま》、四阿《あづまや》、白根の山々も、今は後に隠れる。富士神社を通過《とほりす》ぎた頃、丑松は振返つて、父の墓のある方を眺めたが、其時はもう牛小屋も見えなかつた――唯、蕭条《せうでう》とした高原のかなたに当つて、細々と立登る一条《ひとすぢ》の煙の末が望まれるばかりであつた。
第八章
(一)
西乃入に葬られた老牧夫の噂《うはさ》は、直に根津の村中へ伝播《ひろが》つた。尾鰭《をひれ》を付けて人は物を言ふのが常、まして種牛の為に傷けられたといふ事実は、些少《すくな》からず好奇《ものずき》な手合の心を驚かして、到《いた》る処に茶話の種となる。定めし前《さき》の世には恐しい罪を作つたことも有つたらう、と迷信の深い者は直に其を言つた。牧夫の来歴に就いても、南佐久の牧場から引移つて来た者だの、甲州生れだの、いや会津の武士の果で有るのと、種々《さま/″\》な臆測を言ひ触らす。唯《たゞ》、小諸《こもろ》の穢多町の『お頭《かしら》』であつたといふことは、誰一人として知るものが
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