れても食はず、呼んでも姿を見せず、唯縁の下をあちこちと鳴き悲む声のあはれさ。畜生|乍《なが》らに、亡くなつた主人を慕ふかと、人々も憐んで、是《これ》から雪の降る時節にでも成らうものなら何を食つて山籠りする、と各自《てんで》に言ひ合つた。『可愛さうに、山猫にでも成るだらず。』斯う叔父は言つたのである。
 やがて人々は思ひ/\に出掛けた。番小屋を預かる男は塩を持つて、岡の上まで見送り乍ら随《つ》いて来た。十一月上旬の日の光は淋しく照して、この西乃入牧場に一層|荒寥《くわうれう》とした風趣《おもむき》を添へる。見れば小松はところ/″\。山躑躅《やまつゝじ》は、多くの草木の中に、牛の食はないものとして、反《かへ》つて一面に繁茂して居るのであるが、それも今は霜枯れて見る影が無い。何もかも父の死を冥想させる種と成る。愁《うれ》ひつゝ丑松は小山の間の細道を歩いた。父を斯《こ》の牧場に訪れたは、丁度足掛三年前の五月の下旬であつたことを思出した。それは牛の角の癢《かゆ》くなるといふ頃で、斯の枯々な山躑躅が黄や赤に咲乱れて居たことを思出した。そここゝに蕨《わらび》を采《と》る子供の群を思出した。山鳩の啼《
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