は本望だ。今となつては他に何にも言ふことはねえ。唯気にかゝるのは丑松のこと。俺が今日迄の苦労は、皆な彼奴《あいつ》の為を思ふから。日頃俺は彼奴に堅く言聞かせて置いたことがある。何卒《どうか》丑松が帰つて来たら、忘れるな、と一言|左様《さう》言つてお呉れ。」』
丑松は首を垂れて、黙つて父の遺言を聞いて居た。叔父は猶《なほ》言葉を継いで、
『「それから、俺は斯《こ》の牧場の土と成りたいから、葬式は根津の御寺でしねえやうに、成るなら斯の山でやつてお呉れ。俺が亡《な》くなつたとは、小諸《こもろ》の向町へ知らせずに置いてお呉れ――頼む。」と斯う言ふから、其時|私《わし》が「むゝ、解つた、解つた」と言つてやつたよ。すると阿兄《あにき》は其が嬉《うれ》しかつたと見え、につこり笑つて、軈《やが》て私の顔を眺め乍らボロ/\と涙を零《こぼ》した。それぎりもう阿兄は口を利かなかつた。』
斯ういふ父の臨終の物語は、言ふに言はれぬ感激を丑松の心に与へたのである。牧場の土と成りたいと言ふのも、山で葬式をして呉れと言ふのも、小諸の向町へ知らせずに置いて呉れと言ふのも、畢竟《つま》るところは丑松の為を思ふからで。
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