うなは、浅間の煙の靡《なび》いたのであらう。
斯《か》ういふ楽しい心地《こゝろもち》は、とは言へ、長く続かなかつた。荒谷《あらや》のはづれ迄行けば、向ふの山腹に連なる一村の眺望、暮色に包まれた白壁土壁のさま、其山家風の屋根と屋根との間に黒ずんで見えるのは柿の梢《こずゑ》か――あゝ根津だ。帰つて行く農夫の歌を聞いてすら、丑松はもう胸を騒がせるのであつた。小諸の向町から是処《こゝ》へ来て隠れた父の生涯《しやうがい》、それを考へると、黄昏《たそがれ》の景気を眺める気も何も無くなつて了《しま》ふ。切なさは可懐《なつか》しさに交つて、足もおのづから慄《ふる》へて来た。あゝ、自然の胸懐《ふところ》も一時《ひととき》の慰藉《なぐさめ》に過ぎなかつた。根津に近《ちかづ》けば近くほど、自分が穢多である、調里(新平民の異名)である、と其|心地《こゝろもち》が次第に深く襲《おそ》ひ迫つて来たので。
暗くなつて第二の故郷へ入つた。もと/\父が家族を引連れて、この片田舎に移つたのは、牧場へ通ふ便利を考へたばかりで無く、僅少《わづか》ばかりの土地を極く安く借受けるやうな都合もあつたからで。現に叔父が耕して居る
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