士ですね。我輩なぞは斯の年齢《とし》に成つても、未だ碌々《ろく/\》として居るやうな訳で、考へて見れば実に御恥しい。』
斯《か》ういふ言葉の中には、真に自身の老大を悲むといふ情《こゝろ》が表れて、創意のあるものを忌《い》むやうな悪い癖は少許《すこし》も見えなかつた。そも/\は佐渡の生れ、斯の山国に落着いたは今から十年程前にあたる。善にも強ければ悪にも強いと言つたやうな猛烈な気象から、種々《さま/″\》な人の世の艱難、長い政治上の経験、権勢の争奪、党派の栄枯の夢、または国事犯としての牢獄の痛苦、其他多くの訴訟人と罪人との弁護、およそありとあらゆる社会の酸いと甘いとを嘗《な》め尽して、今は弱いもの貧しいものゝ味方になるやうな、涙脆い人と成つたのである。天の配剤ほど不思議なものは無い――この政客が晩年に成つて、学もあり才もある穢多を友人に持たうとは。
猶《なほ》深く聞いて見ると、これから市村弁護士は上田を始めとして、小諸、岩村田、臼田なぞの地方を遊説する為、政見発表の途《みち》に上るのであるとのこと。親しく佐久小県地方の有権者を訪問して草鞋穿《わらぢばき》主義で選挙を争ふ意気込であるとの
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