て今日始めてでも御座《ござい》ませんもの――勝野さんが何処《どこ》かで聞いていらしツて、いつぞや其を私に話しましたんですもの。』
 この『始めてでも御座ません』が銀之助を驚した。しかし文平が何の為に其様なことをお志保の耳へ入れたのであらう、と聞咎《きゝとが》めて、
『彼男《あのをとこ》も饒舌家《おしやべり》で、真個《ほんたう》に仕方が無い奴だ。』と独語《ひとりごと》のやうに言つた。やがて、銀之助は何か思ひついたやうに、『何ですか、勝野君は其様《そんな》に御寺へ出掛けたんですか。』
『えゝ――蓮華寺の母が彼様《あゝ》いふ話好きな人で、男の方は淡泊《さつぱり》して居て可《いゝ》なんて申しますもんですから、克《よ》く勝野さんも遊びにいらツしやいました。』
『何だつてまた彼男は其様《そん》なことを貴方に話したんでせう。』斯《か》う銀之助は聞いて見るのであつた。
『まあ、妙なことを仰《おつしや》るんですよ。』とお志保は其を言ひかねて居る。
『妙なとは?』
『親類はこれ/\だの、今に自分は出世して見せるのツて――』
『今に出世して見せる?』と銀之助は其処に居ない人を嘲《あざけ》つたやうに笑つて、『へえ――其様なことを。』
『それから、あの、』とお志保は考深い眼付をし乍ら、『瀬川さんのことなぞ、それは酷《ひど》い悪口を仰いましたよ。其時私は始めて知りました。』
『あゝ、左様《さう》ですか、それで彼話《あのはなし》を御聞きに成つたんですか。』と言つて銀之助は熱心にお志保の顔を眺《なが》めた。急に気を変へて、『ちよツ、彼男も余計なことを喋舌つて歩いたものだ。』
『私もまあ彼様な方だとは思ひませんでした。だつて、あんまり酷いことを仰るんですもの。その悪口が普通《たゞ》の悪口では無いんですもの――私はもう口惜《くや》しくて、口惜しくて。』
『して見ると、貴方も瀬川君を気の毒だと思つて下さるんですかなあ。』
『でも、左様ぢや御座ませんか――新平民だつて何だつて毅然《しつかり》した方の方が、彼様《あん》な口先ばかりの方よりは余程《よつぽど》好いぢや御座ませんか。』
 何の気なしに斯ういふことを言出したが、軈《やが》てお志保は伏目勝に成つて、血肥りのした娘らしい手を眺めたのである。
『あゝ。』と銀之助は嘆息して、『奈何《どう》して世の中は斯《か》う思ふやうに成らないものなんでせう。僕は瀬川君の
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