忘れたかのやう。体操場には男の生徒が集つて、話は矢張丑松の噂で持切つて居た。左右に馳違《はせちが》ふ少年の群を分けて、高等四年の教室へ近いて見ると、廊下のところに校長、教師五六人、中に文平も、其他高等科の生徒が丑松を囲繞《とりま》いて、参観に来た師範校の生徒まで呆《あき》れ顔《がほ》に眺め佇立《たゝず》んで居たのである。見れば丑松はすこし逆上《とりのぼ》せた人のやうに、同僚の前に跪《ひざまづ》いて、恥の額を板敷の塵埃《ほこり》の中に埋めて居た。深い哀憐《あはれみ》の心は、斯《こ》の可傷《いたま》しい光景《ありさま》を見ると同時に、銀之助の胸を衝《つ》いて湧上《わきあが》つた。歩み寄つて、助け起し乍ら、着物の塵埃《ほこり》を払つて遣ると、丑松は最早半分夢中で、『土屋君、許して呉れ給へ』をかへすがへす言ふ。告白の涙は奈何《どんな》に丑松の頬を伝つて流れたらう。
『解つた、解つた、君の心地《こゝろもち》は好く解つた。』と銀之助は言つた。『むむ――進退伺も用意して来たね。兎《と》に角《かく》、後の事は僕に任せるとして、君は直に是《これ》から帰り給へ――ね、君は左様《さう》し給へ。』
(七)
高等四年の生徒は教室に居残つて、日頃慕つて居る教師の為に相談の会を開いた。未《ま》だ初心《うぶ》で、複雑《こみい》つた社会《よのなか》のことは一向解らないものばかりの集合《あつまり》ではあるが、流石《さすが》正直なは少年の心、鋭い神経に丑松の心情《こゝろもち》を汲取つて、何とかして引止める工夫をしたいと考へたのである。黙つて視て居る時では無い、一同揃つて校長のところへ歎願に行かう、と斯う十六ばかりの級長が言出した。賛成の声が起る。
『さあ、行かざあ。』
と農夫の子らしい生徒が叫んだ。
相談は一決した。例の掃除をする為に、当番のものだけを残して置いて、少年の群は一緒に教室を出た。其中には省吾も交つて居た。丁度校長は校長室の倚子《いす》に倚凭《よりかゝ》つて、文平を相手に話して居るところで、そこへ高等四年の生徒が揃つて顕《あらは》れた時は、直に一同の言はうとすることを看て取つたのである。
『諸君は何か用が有るんですか。』
と、しかし、校長は何気ない様子を装《つくろ》ひ乍《なが》ら尋ねた。
級長は卓子《テーブル》の前に進んだ。校長も、文平も、凝《きつ》と鋭い眸をこの
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