で、瀬川といふ教員に習つたことが有つたツけ――あの穢多の教員が素性を告白《うちあ》けて、別離《わかれ》を述べて行く時に、正月になれば自分等と同じやうに屠蘇《とそ》を祝ひ、天長節が来れば同じやうに君が代を歌つて、蔭ながら自分等の幸福《しあはせ》を、出世を祈ると言つたツけ――斯《か》う思出して頂きたいのです。私が今|斯《か》ういふことを告白《うちあ》けましたら、定めし皆さんは穢《けがらは》しいといふ感想《かんじ》を起すでせう。あゝ、仮令《たとひ》私は卑賤《いや》しい生れでも、すくなくも皆さんが立派な思想《かんがへ》を御持ちなさるやうに、毎日其を心掛けて教へて上げた積りです。せめて其の骨折に免じて、今日迄《こんにちまで》のことは何卒《どうか》許して下さい。』
 斯《か》う言つて、生徒の机のところへ手を突いて、詑入《わびい》るやうに頭を下げた。
『皆さんが御家へ御帰りに成りましたら、何卒《どうぞ》父親《おとつ》さんや母親《おつか》さんに私のことを話して下さい――今迄|隠蔽《かく》して居たのは全く済《す》まなかつた、と言つて、皆さんの前に手を突いて、斯うして告白《うちあ》けたことを話して丁さい――全く、私は穢多です、調里です、不浄な人間です。』
 と斯う添加《つけた》して言つた。
 丑松はまだ詑び足りないと思つたか、二歩三歩《ふたあしみあし》退却《あとずさり》して、『許して下さい』を言ひ乍ら板敷の上へ跪《ひざまづ》いた。何事かと、後列の方の生徒は急に立上つた。一人立ち、二人立ちして、伸《の》しかゝつて眺めるうちに、斯の教室に居る生徒は総立に成つて、あるものは腰掛の上に登る、あるものは席を離れる、あるものは廊下へ出て声を揚げ乍ら飛んで歩いた。其時大鈴の音が響き渡つた。教室々々の戸が開いた。他の組の生徒も教師も一緒になつて、波濤《なみ》のやうに是方《こちら》へ押溢《おしあふ》れて来た。
        *      *      *
 十二月に入つてから銀之助は最早《もう》客分であつた。其日は午後の一時半頃から、自分の用事で学校へ出て来て居て、丁度職員室で話しこんで居る最中、不図丑松のことを耳に入れた。思はず銀之助はそこを飛出した。玄関を横過《よこぎ》つて、長い廊下を通ると、肩掛に紫頭巾《むらさきづきん》、帰り仕度の女生徒、あそこにも、こゝにも、丑松の噂を始めて、家路に向ふことを
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