め》るやうに言つた。
『否《いや》、僕は決して激しては居ない。』斯《か》う丑松は答へた。
『しかし。』と文平は冷笑《あざわら》つて、『猪子蓮太郎だなんて言つたつて、高が穢多ぢやないか。』
『それが、君、奈何した。』と丑松は突込んだ。
『彼様《あん》な下等人種の中から碌《ろく》なものゝ出よう筈が無いさ。』
『下等人種?』
『卑劣《いや》しい根性を持つて、可厭《いや》に癖《ひが》んだやうなことばかり言ふものが、下等人種で無くて君、何だらう。下手に社会へ突出《でしやば》らうなんて、其様な思想《かんがへ》を起すのは、第一大間違さ。獣皮《かは》いぢりでもして、神妙《しんべう》に引込んでるのが、丁度彼の先生なぞには適当して居るんだ。』
『はゝゝゝゝ。して見ると、勝野君なぞは開化した高尚な人間で、猪子先生の方は野蛮な下等な人種だと言ふのだね。はゝゝゝゝ。僕は今迄、君も彼の先生も、同じ人間だとばかり思つて居た。』
『止せ。止せ。』と銀之助は叱るやうにして、『其様な議論を為たつて、つまらんぢやないか。』
『いや、つまらなかない。』と丑松は聞入れなかつた。『僕は君、是《これ》でも真面目《まじめ》なんだよ。まあ、聞き給へ――勝野君は今、猪子先生のことを野蛮だ下等だと言はれたが、実際御説の通りだ。こりや僕の方が勘違ひをして居た。左様だ、彼の先生も御説の通りに獣皮《かは》いぢりでもして、神妙にして引込んで居れば好いのだ。それさへして黙つて居れば、彼様な病気なぞに罹《かゝ》りはしなかつたのだ。その身体のことも忘れて了つて、一日も休まずに社会と戦つて居るなんて――何といふ狂人《きちがひ》の態《ざま》だらう。噫《あゝ》、開化した高尚な人は、予《あらかじ》め金牌を胸に掛ける積りで、教育事業なぞに従事して居る。野蛮な、下等な人種の悲しさ、猪子先生なぞは其様な成功を夢にも見られない。はじめからもう野末の露と消える覚悟だ。死を決して人生の戦場に上つて居るのだ。その慨然とした心意気は――はゝゝゝゝ、悲しいぢやないか、勇しいぢやないか。』
と丑松は上歯を顕《あらは》して、大きく口を開いて、身を慄《ふる》はせ乍ら欷咽《すゝりな》くやうに笑つた。欝勃《うつぼつ》とした精神は体躯《からだ》の外部《そと》へ満ち溢《あふ》れて、額は光り、頬の肉も震へ、憤怒と苦痛とで紅く成つた時は、其の粗野な沈欝な容貌が平素《いつも》
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