書いたものを借りて来て、僕も読んで見た。一体、彼《あ》の先生は奈何《どう》いふ種類の人だらう。』
『奈何いふ種類とは?』と銀之助は戯れるやうに。
『哲学者でもなし、教育家でもなし、宗教家でもなし――左様かと言つて、普通の文学者とも思はれない。』
『先生は新しい思想家さ。』銀之助の答は斯うであつた。
『思想家?』と文平は嘲《あざけ》つたやうに、『ふゝ、僕に言はせると、空想家だ、夢想家だ――まあ、一種の狂人《きちがひ》だ。』
其調子がいかにも可笑《をか》しかつた。盛んな笑声が復《ま》た聞いて居る教師の間に起つた。銀之助も一緒に成つて笑つた。其時、憤慨の情は丑松が全身の血潮に交つて、一時に頭脳《あたま》の方へ衝きかゝるかのやう。蒼《あを》ざめて居た頬は遽然《にはかに》熱して来て、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》も耳も紅《あか》く成つた。
(五)
『むゝ、勝野君は巧いことを言つた。』と斯う丑松は言出した。『彼《あ》の猪子先生なぞは、全く君の言ふ通り、一種の狂人《きちがひ》さ。だつて、君、左様《さう》ぢやないか――世間体の好いやうな、自分で自分に諂諛《へつら》ふやうなことばかり並べて、其を自伝と言つて他《ひと》に吹聴《ふいちやう》するといふ今の世の中に、狂人《きちがひ》ででも無くて誰が冷汗の出るやうな懴悔なぞを書かう。彼の先生の手から職業を奪取《うばひと》つたのも、彼様いふ病気に成る程の苦痛《くるしみ》を嘗《な》めさせたのも、畢竟《つまり》斯《こ》の社会だ。其社会の為に涙を流して、満腔《まんかう》の熱情を注いだ著述をしたり、演説をしたりして、筆は折れ舌は爛《たゞ》れる迄も思ひ焦《こが》れて居るなんて――斯様《こん》な大白痴《おほたはけ》が世の中に有らうか。はゝゝゝゝ。先生の生涯は実に懴悔の生涯《しやうがい》さ。空想家と言はれたり、夢想家と言はれたりして、甘んじて其冷笑を受けて居る程の懴悔の生涯さ。「奈何《どん》な苦しい悲しいことが有らうと、其を女々しく訴へるやうなものは大丈夫と言はれない。世間の人の睨《にら》む通りに睨ませて置いて、黙つて狼のやうに男らしく死ね。」――其が先生の主義なんだ。見給へ、まあ其主義からして、もう狂人染《きちがひじ》みてるぢやないか。はゝゝゝゝ。』
『君は左様激するから不可《いかん》。』と銀之助は丑松を慰撫《なだ
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