噤んで了つた。人々はいづれも座《すわ》り直したり、容《かたち》を改めたりした。

       (四)

 住職は奥様と同年《おないどし》といふ。男のことであるから割合に若々しく、墨染《すみぞめ》の法衣《ころも》に金襴《きんらん》の袈裟《けさ》を掛け、外陣の講座の上に顕はれたところは、佐久小県辺《さくちひさがたあたり》に多い世間的な僧侶に比べると、遙《はる》かに高尚な宗教生活を送つて来た人らしい。額広く、鼻隆く、眉すこし迫つて、容貌《おもばせ》もなか/\立派な上に、温和な、善良な、且つ才智のある性質を好く表して居る。法話の第一部は猿の比喩《たとへ》で始まつた。智識のある猿は世に知らないといふことが無い。よく学び、よく覚え、殊に多くの経文を暗誦して、万人の師匠とも成るべき程の学問を蓄はへた。畜生の悲しさには、唯だ一つ信ずる力を欠いた。人は、よし是猿ほどの智識が無いにもせよ、信ずる力あつて、はじめて凡夫も仏の境には到り得る。なんと各々位《おの/\がた》、合点か。人間と生れた宿世《すくせ》のありがたさを考へて、朝夕念仏を怠り給ふな。斯《か》う住職は説出したのである。
『なむあみだぶ、なむあみだぶ。』
 と人々の唱へる声は本堂の広間に満ち溢れた。男も、女も、懐中《ふところ》から紙入を取出して、思ひ/\に賽銭《さいせん》を畳の上へ置くのであつた。
 法話の第二部は、昔の飯山の城主、松平遠江守の事蹟を材《たね》に取つた。そも/\飯山が仏教の地と成つたは、斯の先祖の時代からである。火のやうな守《かみ》の宗教心は未だ年若な頃からして燃えた。丁度江戸表へ参勤の時のこと、日頃|欝積《むすぼ》れて解けない胸中の疑問を人々に尋ね試みたことがある。『人は死んで、畢竟《つまり》奈何《どう》なる。』侍臣も、儒者も、斯問《このとひ》には答へることが出来なかつた。林|大学《だいがく》の頭《かみ》に尋ねた。大学の頭ですらも。それから守は宗教に志し、渋谷の僧に就いて道を聞き、領地をば甥《をひ》に譲り、六年目の暁に出家して、飯山にある仏教の先祖《おや》と成つたといふ。なんと斯|発心《ほつしん》の歴史は味《あぢはひ》のある話ではないか。世の多くの学者が答へることの出来ない、其難問に答へ得るものは、信心あるものより外に無い。斯う住職は説き進んだのである。
『なむあみだぶ、なむあみだぶ。』
 一斉に唱へる声は風
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