た。
いつの間にか二人は丑松の噂《うはさ》を始めた。
『勝野君。』と校長は声を低くして、『君は今、妙なことを言つたね――何か瀬川君のことに就いて新しい事実を発見したとか言つたね。』
『はあ。』と文平は微笑《ほゝゑ》んで見せる。
『どうも君の話は解りにくゝて困るよ。何時でも遠廻しに匂はせてばかり居るから。』
『だつて、校長先生、人の一生の名誉に関《かゝ》はるやうなことを、左様《さう》迂濶《うくわつ》には喋舌《しやべ》れないぢや有ませんか。』
『ホウ、一生の名誉に?』
『まあ、私の聞いたのが事実だとして、其が斯の町へ知れ渡つたら、恐らく瀬川君は学校に居られなくなるでせうよ。学校に居られないばかりぢや無い、あるひは社会から放逐されて、二度と世に立つことが出来なくなるかも知れません。』
『へえ――学校にも居られなくなる、社会からも放逐される、と言へば君、非常なことだ。それでは宛然《まるで》死刑を宣告されるも同じだ。』
『先《ま》づ左様《さう》言つたやうなものでせうよ。尤も、私が直接《ぢか》に突留めたといふ訳でも無いのですが、種々《いろ/\》なことを綜《あつ》めて考へて見ますと――ふふ。』
『ふゝぢや解らないねえ。奈何《どん》な新しい事実か、まあ話して聞かせて呉れ給へ。』
『しかし、校長先生、私から其様《そん》な話が出たといふことになりますと、すこし私も迷惑します。』
『何故《なぜ》?』
『何故ツて、左様ぢや有ませんか。私が取つて代りたい為に、其様なことを言ひ触らしたと思はれても厭ですから――毛頭私は其様な野心が無いんですから――なにも瀬川君を中傷する為に、御話するのでは無いんですから。』
『解つてますよ、其様なことは。誰が君、其様なことを言ふもんですか。其様な心配が要るもんですか。君だつても他の人から聞いたことなんでせう――それ、見たまへ。』
文平が思はせ振な様子をして、何か意味ありげに微笑めば微笑むほど、余計に校長は聞かずに居られなくなつた。
『では、勝野君、斯ういふことにしたら可《いゝ》でせう。我輩は其話を君から聞かない分にして置いたら可《いゝ》でせう。さ、誰も居ませんから、話して聞かせて呉れ給へ。』
斯う言つて、校長は一寸文平に耳を貸した。文平が口を寄せて、何か私語《さゝや》いて聞かせた時は、見る/\校長も顔色を変へて了《しま》つた。急に戸を叩く音がする。ついと
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