《むな》しく日は暮れて
牧場の草に春雨《はるさめ》のふる
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 罪人と名にも呼ばれむ


罪人《つみびと》と名にも呼ばれむ
罪人《つみびと》と名にも呼ばれむ
歸らじとかねて思へば
嗚呼涙さらば故郷《ふるさと》

駒とめて路の樹蔭に
あまたたびかへりみすれば
輝きて立てる白壁
さやかにも見えにけるかな

鬣《たてがみ》は風に吹かれて
吾駒の歩みも遲し
愁ひつゝ蹄をあげて
雲遠き都にむかふ

戰ひの世にしあなれば
野の草の露と知れれど
吾父の射る矢に立ちて
消えむとは思ひかけずよ

捨てよとや紙にもあらず
吾心燒くよしもなし
捨てよとや筆にもあらず
吾心折るよしもなし

そのねがひ親や古《ふ》りたる
このおもひ子や新しき
つくづくと父を思へば
吾袖は紅き血となる

靜息《やすみ》なく激《たぎ》つ胸には
柵《しがらみ》もなにかとゞめむ
洪水《おほみづ》の溢るゝごとく
海にまで入らではやまじ

はらからやさらば故郷《ふるさと》
去《い》ねよ去《い》ねよ去《い》ねよ吾駒
諸共《もろとも》に暗く寂しく
故《むかし》の園を捨てて行かまし
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 胡蝶の夢


胡蝶の夢の人の
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