ふや
この空を忘れたまふや

いかなれば歎きをすらむ
その父はわれを捨つるに
いかなれば忍びつ居らむ
その妻はわれを捨つるに

くろがねの窓に縋りて
故郷《ふるさと》の空を望めば
浮雲や遠く懸りて
履みなれし丘にさながら

さびしさの訪ひくる外に
おとなひも絶えてなかりし
吾窓に鳴く音を聽けば
人知れず涙し流る

鵯《ひよどり》よ翅を振りて
黄葉《もみぢば》の陰に歌ふか
幽囚《とらはれ》の笞《しもと》の責や
人の身は鳥にもしかじ

あゝ一葉《ひとは》枝に離れて
いづくにか漂ふやらむ
照れる日の光はあれど
わがたましひは暗くさまよふ
[#改ページ]

 響りん/\音りん/\


響りん/\音りん/\
うちふりうちふる鈴高く
馬は蹄をふみしめて
故郷の山を出づるとき
その黒毛なす鬣《たてがみ》は
冷《すゞ》しき風に吹き亂れ
その紫の兩眼は
青雲遠く望むかな
枝の緑に袖觸れつ
あやしき鞍に跨りて
馬上に歌ふ一ふしは
げにや遊子の旅の情

あゝをさなくて國を出で
東の磯邊西の濱
さても繋がぬ舟のごと
夢長きこと二十年
たま/\ことし歸りきて
昔懷へばふるさとや
蔭を岡邊に尋ぬれば
松柏《しよう
前へ 次へ
全100ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング