な/\の衾《ふすま》は濡れて
吾床は乾く間も無し
黒髮は霜に衰へ
若き身は歎きに老いぬ
春やなき無間の谷間
潮やなき紅蓮の岸邊
憔悴《うらがれ》の死灰の身には
熱き火の燃ゆる罪のみ
銀《しろかね》の臺《うてな》も碎け
戀の矢も朽ちて行く世に
いつまでか骨に刻みて
時しらず活《い》くる罪かも
空の鷲われに來よとや
なにかせむ自在なき身は
天の馬われに來よとや
なにかせむ鐵鎖《くさり》ある身は
いかづちの火を吹くごとく
この痛み胸に踊れり
なかなかに罪の住家《すみか》は
濃き陰の暗にこそあれ
いとほしむ人なき我ぞ
隱れむにものなき我ぞ
血に泣きて聲は呑むとも
寂寞《さびしさ》の裾こそよけれ
世を知らぬをさなき昔
香ににほふ妹《いも》を抱きて
すゝりなく恨みの日より
吾蟲は驕《たかぶ》るばかり
わがいのち戲《たはれ》の臺《うてな》
その惡を舞ふにやあらむ
わがこゝろ悲しき鏡
その夢を見るにやあらむ
人の世に羽を撃つ風雨《あらし》
天地《あめつち》に身《み》は捨小舟
今更に我をうみてし
亡き母も恨めしきかな
父いかに舊《もと》の山河
妻いかに遠《とほ》の村里
この道を忘れたま
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