うち煙《けぶ》る夜の靜けさ
仄白き空の鏡は
俤の心地こそすれ

物皆はさやかならねど
鬼の住む暗にもあらず
おのづから光は落ちて
吾顏に觸《ふ》るぞうれしき

其光こゝに映りて
日は見えず八重《やへ》の雲路に
其影はこゝに宿りて
君見えず遠の山川

思《おも》ひやるおぼろおぼろの
天の戸は雲かあらぬか
草も木も眠れるなかに
仰ぎ視て涕を流す
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 吾戀は河邊に生ひて


吾戀は河邊に生ひて
根を浸《ひた》す柳の樹なり
枝延びて緑なすまで
生命《いのち》をぞ君に吸《す》ふなる

北のかた水去り歸り
晝も夜も南を知らず
あゝわれも君にむかひて
草を藉き思を送る
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 吾胸の底のこゝには


吾胸の底のこゝには
言ひがたき祕密《ひめごと》住めり
身をあげて活《い》ける牲《にへ》とは
君ならで誰かしらまし

もしやわれ鳥にありせば
君の住む※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]に飛びかひ
羽を振りて晝は終日《ひねもす》
深き音に鳴かましものを

もしやわれ梭《をさ》にありせば
君が手の白きにひかれ
春の日の長き思を
その絲に織らましものを

もしやわれ草にあり
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