あけぼの

樹の枝に琴は懸けねど
朝風の來て彈《ひ》くごとく
面影に君はうつりて
吾胸を靜かに渡る

雲迷ふ身のわづらひも
紅の色に微笑《ほゝゑ》み
流れつゝ冷《ひ》ゆる涙も
いと熱き思を宿す

知らざりし道の開けて
大空は今光なり
もろともにしばしたゝずみ
新しき眺めに入らむ
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 あゝさなり君のごとくに


あゝさなり君のごとくに
何かまた優しかるべき
歸り來てこがれ侘ぶなり
ねがはくは開けこの戸を

ひとたびは君を見棄てて
世に迷ふ羊なりきよ
あぢきなき石を枕に
思ひ知る君が牧場《まきば》を

樂しきはうらぶれ暮し
泉なき砂に伏す時
青草の追懷《おもひで》ばかり
悲しき日樂しきはなし

悲しきはふたゝび歸り
緑なす野邊を見る時
飄泊《さまよひ》の追懷《おもひで》ばかり
樂しき日悲しきはなし

その笛を今は頼まむ
その胸にわれは息《いこ》はむ
君ならで誰か飼ふべき
天地《あめつち》に迷ふ羊を
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 思より思をたどり


思より思をたどり
樹下《こした》より樹下《こした》をつたひ
獨りして遲く歩めば
月|今夜《こよひ》幽かに照らす

おぼつかな春のかすみに
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