#改ページ]

 爐邊雜興
   散文にてつくれる即興詩

あら荒くれたる賤の山住や顏も黒し手も黒しすごすごと林の中を歸る藁草履の土にまみれたるよ

こゝには五十路六十路を經つつまだ海知らぬ人々ぞ多き

炭燒の烟をながめつゝ世の移り變るも知らで谷陰にぞ住める

蒲公英《たんぽぽ》の黄に蕗の花の白きを踏みつゝ慣れし其足何ぞ野獸の如き

岡のべに通ふ路には野苺の實を垂るゝあり摘みて舌うちして年を經にけり

和布賣《わかめうり》の越後の女三々五々群をなして來《きた》る呼びて窓に倚りて海の藻を買ふぞゆかしき

大豆を賣りて皿の上に載せたる鹽鮭の肉鹽鮭何の磯の香もなき

年々の暦と共に壁に煤けたる錦繪を見れば海ありき廣重の筆なりき

爺《ぢゞ》は波を知らず婆《ばゞ》は潮の音を知らず孫は千鳥を鷄の雛かとぞ思ふ

たまたま伊勢詣のしるしにとて送られし貝の一ひらを見れば大わだつみのよろづの波を彫《きざ》めるとぞ言ひし言の葉こそ思ひいでらるれ

品川の沖によるといふなる海苔の新しきは先づ棚の佛にまゐらせて山家にありて遠く海草の香《か》をかぐとぞいふばかりなる
[#改ページ]

 黄昏


つと立ちよれば
前へ 次へ
全100ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング