乾せ稻の穗を

 三 暮

揚げよ勝鬨《かちどき》手を延べて
稻葉を高くふりかざせ
日暮れ勞《つか》れて道の邊に
倒《たふ》るゝ人よとく歸れ
彩雲《あやぐも》や
落つる日や
行く道すがら眺むれば
秋天高き夕まぐれ
共に蒔き
共に植ゑ
共に稻穗を刈り乾して
歌うて歸る今の身に
ことしの夏を
かへりみすれば
嗚呼わが魂《たま》は
わなゝきふるふ
この日怖れをかの日に傳へ
この夜望みをかの夜に繋ぎ
門に立ち
野邊に行き
ある時は風高くして
青草長き谷の影
雲に嵐に稻妻に
行先《ゆくて》も暗く聲を呑み
ある時は夏寒くして
山の鳩啼く森の下
たまたま虹に夕映《ゆふばえ》に
末のみのりを祈りてき
それは逝き
これは來て
餓と涙と送りてし
同じ自然の業《わざ》ながら
今は思ひのなぐさめに
光をはなつ秋の星
あゝ勇みつゝ踊りつゝ
諸手《もろて》をうちて笑ひつゝ
樹下《こした》の墓を横ぎりて
家路に通ふ森の道
眠る聖《ひじり》も盜賊《ぬすびと》も
皆な土くれの苔|一重《ひとへ》
霧立つ空に入相の
精舍の鐘の響く時
あゝ驕慢と歡喜《よろこび》と
力を息に吹き入れて
勝ちて歸るの勢に
揚げよ樂しき秋の歌

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