わきいでし
天の河原は
  かれはてて
水はいづこに
  うせつらむ

ひゞきをあげよ
  織姫よ
みどりの空は
  かはらねど
ほしのやどりの
  今ははた
いづこに梭の
  音《ね》をきかむ

あゝひこぼしも
  織姫も
今はむなしく
  老い朽《く》ちて
夏のゆふべを
  かたるべき
みそらに若き
  星もなし
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 きりぎりす


去年《こぞ》蔦の葉の
  かげにきて
うたひいでしに
  くらぶれば
ことしも同じ
  しらべもて
かはるふしなき
  きりぎりす

耳なきわれを
  とがめそよ
うれしきものと
  おもひしを
自然《しぜん》のうたの
  かくまでに
舊《ふる》きしらべと
  なりけるか

同じしらべに
  たへかねて
草と草との
  花を分け
聲あるかたに
  たちよりて
蟲のこたへを
  もとめけり

花をへだてて
  きみがため
聞くにまかせて
  うたへども
うたのこゝろの
  かよはねば
せなかあはせの
  きりぎりす
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 春やいづこに


かすみのかげにもえいでし
糸の柳にくらぶれば
いまは小暗き木下闇《こしたやみ》
  
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