花躑躅

わが老鷲は肩剛く胸腹《むなばら》廣く溢れいで
烈しき風をうち凌ぐ羽《はね》は著《しる》くもあらはれて
藤の花かも胸の斑《ふ》や髀《もゝ》に甲《よろひ》をおくごとく
鳥《とり》の命《いのち》の戰ひに翼にかゝる老の霜

げにいかめしきものゝふの盾《たて》にもいづれ翼をば
張りひろげたる老鷲のふたゝびみたび羽《は》ばたきて
踴れる胸は海潮《うみじほ》の湧きつ流れつ鳴るごとく
力あふれて空高く舞ひたちあがるすがたかな

黒岩茸の岩ばなに生ふにも似るか若鷲の
巖角《いはかど》ふかく身をよせて飛ぶ老鷲をうかゞふに
紋は花菱舞ひ扇ひらめきかへる疾風《はやかぜ》の
わが老鷲を吹くさまは一葉《ひとは》を振《ふ》るに似たりけり

たゝかふためにうまれては羽《はね》を劍《つるぎ》の老鷲の
うたむかたむと小休なき熱き胸より吹く氣息《いき》は
色くれなゐの火炎《ほのほ》かもげに悲痛《かなしみ》の湧き上り
勁《つよ》き翼をひるがへしかの天雲《あまぐも》を凌ぎけり

光《ひかり》を慕ふ身なれども運命《さだめ》かなしや老鳥《おいどり》の
一こゑ深き苦悶《くるしみ》のおとをみそらに殘しおき
金絲《きんし》の縫
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