を摘《つ》まむと思はざる

戀の花にも戲るゝ
嫉妬《ねたみ》の蝶の身ぞつらき
二つの羽《はね》もをれをれて
翼《つばさ》の色はあせにけり

人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいやいや深き
われに思ひのあるものを

梅の花さくころほひは
蓮さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩さかばやと思ふかな

待つまも早く秋は來《き》て
わが踏む道に萩さけど
濁りて待てる吾戀は
清き怨《うらみ》となりにけり
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 望郷

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寺をのがれいでたる僧のうたひし
そのうた
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いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでては住みなれし
御寺《みてら》の藏裏《くり》の白壁《しらかべ》の
眼《め》にもふたゝび見ゆるかな

いざさらば
住めば佛のやどりさへ
火炎《ほのほ》の宅《いへ》となるものを
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな

いざさらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
こひしき塵《ちり》にわれは燒けなむ
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 かもめ


波に生れて波に死ぬ
情《なさけ》の海のかもめど
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