一 暗香

  はるのよはひかりはかりとおもひしを
      しろきやうめのさかりなるらむ

  姉
わかきいのちの
    をしければ
やみにも春の
    香《か》に醉はむ

せめてこよひは
    さほひめよ
はなさくかげに
    うたへかし

  妹
そらもゑへりや
    はるのよは
ほしもかくれて
    みえわかず

よめにもそれと
    ほのしろく
みだれてにほふ
    うめのはな

  姉
はるのひかりの
    こひしさに
かたちをかくす
    うぐひすよ

はなさへしるき
    はるのよの
やみをおそるゝ
    ことなかれ

  妹
うめをめぐりて
    ゆくみづの
やみをながるゝ
    せゝらぎや

ゆめもさそはぬ
   香《か》なりせば
いづれかよるに
    にほはまし

  姉
こぞのこよひは
    わがともの
うすこうばいの
    そめごろも

ほかげにうつる
    さかづきを
こひのみゑへる
    よなりけり

  妹
こぞのこよひは
    わがともの
なみだをうつす
    よのなごり

かげもかなしや
    木
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