玉膚堆


かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今《いま》はた殘る歌反古《うたほご》の
ながき愁《うれ》ひをいかにせむ

かなしいかなやする墨の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり

かなしいかなや前の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ

かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契りも結ばずに
君は早くもゆけるかな

すゞしき眼《まなこ》つゆを帶び
葡萄のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬《ねた》き姿かな

同じ時世《ときよ》に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命《いのち》あり八重葎《やへむぐら》

かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらむさける間《ま》も

かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いといと清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く

君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ

かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才《ざえ》なれ
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