身は術《すべ》もなき蟋蟀《こほろぎ》の
夜《よる》の野草《のぐさ》にはひめぐり
たゞいたづらに音《ね》をたてて
うたをうたふと思ふかな

色《いろ》にわが身をあたふれば
處女《をとめ》のこゝろ鳥となり
戀に心をあたふれば
鳥の姿は處女《をとめ》にて
處女《をとめ》ながらも空《そら》の鳥
猛鷲《あらわし》ながら人の身の
天《あめ》と地《つち》とに迷ひゐる
身の定めこそ悲しけれ
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 おさよ


潮《うしお》さみしき荒磯《あらいそ》の
巖陰《いはかげ》われは生れけり

あしたゆふべの白駒《しろごま》と
故郷《ふるさと》遠きものおもひ

をかしくものに狂へりと
われをいふらし世のひとの

げに狂はしの身なるべき
この年までの處女《をとめ》とは

うれひは深く手もたゆく
むすぼゝれたるわが思《おもひ》

流れて熱《あつ》きわがなみだ
やすむときなきわがこゝろ

亂《みだ》れてものに狂ひよる
心を笛の音《ね》に吹かむ

笛をとる手は火にもえて
うちふるひけり十《とを》の指《ゆび》

音《ね》にこそ渇《かわ》け口脣《くちびる》の
笛を尋ぬる風情《ふぜい》あり

はげしく深きためいき
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