ぐも》とほき友を戀《こ》ふ

ひとりの姉をうしなひて
大宮内の門《かど》を出で
けふ江戸川に來《き》て見れば
秋はさみしきながめかな

櫻の霜葉《しもは》黄《き》に落ちて
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水|靜《しづか》にて
あゆみは遲きわがおもひ

おのれも知らず世を經《ふ》れば
若き命《いのち》に堪へかねて
岸のほとりの草を藉《し》き
微笑《ほゝゑ》みて泣く吾身かな
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 おきぬ


みそらをかける猛鷲《あらわし》の
人の處女《をとめ》の身に落ちて
花の姿に宿《やど》かれば
風雨《あらし》に渇《かわ》き雲に饑《う》ゑ
天《あま》翔《かけ》るべき術《すべ》をのみ
願ふ心のなかれとて
黒髮《くろかみ》長き吾身こそ
うまれながらの盲目《めしひ》なれ

芙蓉を前《さき》の身とすれば
泪《なみだ》は秋の花の露
小琴《をごと》を前《さき》の身とすれば
愁《うれひ》は細き糸《いと》の音《おと》
いま前《さき》の世は鷲の身の
處女《をとめ》にあまる羽翼《つばさ》かな

あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあぢきなき淺茅生《あさぢふ》の
茂《しげ》れる宿《やど》と思ひなし
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