などなき道をもとむらむ
われもそれかやうれひかや
野末に山に谷蔭《たにかげ》に
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
想《おもひ》も薄く身も暗く
殘れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を朝雲《あさぐも》にたとふれば
ゆふべの雲の雨となり
身を夕雨《ゆふあめ》にたとふれば
あしたの雨の風となる
されば落葉《おちば》と身をなして
風に吹かれて飄《ひるがへ》り
朝《あさ》の黄雲《きぐも》にともなはれ
夜《よる》白河を越えてけり
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ亂れてみちのくの
宮城野にまで迷ひきぬ
心の宿《やど》の宮城野よ
亂れて熱き吾身には
日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴と聽き
悲み深き吾目には
色彩《いろ》なき石も花と見き
あゝ孤獨《ひとりみ》の悲痛《かなしさ》を
味ひ知れる人ならで
誰にかたらむ冬の日の
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空《そら》冬雲《ふゆぐも》に覆はれて
身にふりかゝる玉霰《たまあられ》
袖の氷と閉ぢあへり
みぞれまじりの風|勁《つよ》く
小川の水の薄氷
氷のしたに音《おと》するは
流れて海に行く水か
啼いて羽風《はかぜ》もたのもしく
雲に隱るゝかさゝぎよ
光もうすき寒空《さむぞら》の
汝《なれ》も荒れたる野にむせぶ
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてゝ
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや醉うて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを醉ひ泣く忍び音《ね》に
聲もあはれのその歌は
うれしや物の音《ね》を彈《ひ》きて
野末をかよふ人の子よ
聲調《しらべ》ひく手も凍りはて
なに門《かど》づけの身の果ぞ
やさしや年もうら若く
まだ初戀のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隱るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は海邊《うみべ》の石の上《へ》に
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは濤《なみ》ばかり
暮はさみしき荒磯《あらいそ》の
潮《うしほ》を染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
湧きくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に碎けて散れるとき
かなしいかなや冬の日の
潮《うしほ》とともに歸るとき
誰か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜まざる
暦《こよみ》もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて汐《うしほ》となりにけり
遠く湧きくる海の音《おと》
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音《ね》は
まだうらわかき野路の鳥
嗚呼めづらしのしらべぞと
聲のゆくへをたづぬれば
緑の羽《はね》もまだ弱き
それも初音か鶯の
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の萌えて色青き
こゝちこそすれ砂の上《へ》に
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が香ぞする海の邊《べ》に
磯邊に高き大巖《おほいは》の
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらむ東雲《しののめ》の
潮《しほ》の音《ね》遠き朝ぼらけ
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二つの聲
朝
たれか聞くらむ朝の聲
眠《ねむり》と夢を破りいで
彩《あや》なす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光《ひかり》あり
そこに時《とき》あり始《はじめ》あり
そこに道《みち》あり力《ちから》あり
そこに色あり詞《ことば》あり
そこに聲あり命《いのち》あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光《ひかり》のうちに朝ぞ隱るゝ
暮
たれか聞くらむ暮の聲
霞の翼《つばさ》雲の帶
煙の衣《ころも》露の袖
つかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投《な》げ入れて
夜《よる》の使《つかひ》の蝙蝠の
飛ぶ間《ま》も聲のをやみなく
こゝに影あり迷《まよひ》あり
こゝに夢あり眠《ねむり》あり
こゝに闇あり休息《やすみ》あり
こゝに永きあり遠きあり
こゝに死《し》ありとうたひつゝ
草木《くさき》にいこひ野にあゆみ
かなたに落つる日とともに
色なき闇に暮ぞ隱るゝ
[#改ページ]
松島瑞巖寺に遊びて
舟路《ふなぢ》も遠し瑞巖寺《ずゐがんじ》
冬逍遙《ふゆぜうえう》のこゝろなく
古き扉に身をよせて
飛騨の名匠《たくみ》の浮彫《うきぼり》の
葡萄のかげにきて見れば
菩提の寺の冬の日に
刀《かたな》悲《かな》しみ鑿《のみ》愁《うれ》ふ
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠《きねずみ》よ
姿ばかりは隱すとも
かくすよしなし鑿《のみ》の香《か》は
うしほにひゞく磯寺の
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