ゆかしかるべき
かをかげば
わがくれなゐの
かほばせに
とゞめもあへぬ
なみだかな
くさふみわくる
こひつじよ
なれものずゑに
まよふみか
さまよひやすき
たびびとよ
なあやまりそ
ゆくみちを
龍《たつ》を刻みし宮柱《みやばしら》
ふとき心はありながら
薄き命のはたとせの
名殘は白き瓶《かめ》ひとつ
たをらるべきをいのちにて
はなさくとにはあらねども
朝露《あさつゆ》おもきひとえだに
うれひをふくむ花瓶《はながめ》や
あゝあゝ清き白雪《しらゆき》は
つもりもあへず消ゆるごと
なつかしかりし友の身は
われをのこしてうせにけり
せめては白き花瓶《はながめ》よ
消えにしあとの野の花の
色にもいでよわが友の
いのちの春の雪の名殘を
[#改ページ]
銀河
天《あま》の河原《かはら》を
ながむれば
星の力《ちから》は
おとろへて
遠きむかしの
ゆめのあと
こゝにちとせを
すぎにけり
そらの泉《いづみ》を
よのひとの
汲むにまかせて
わきいでし
天の河原は
かれはてて
水はいづこに
うせつらむ
ひゞきをあげよ
織姫よ
みどりの空は
かはらねど
ほしのやどりの
今ははた
いづこに梭の
音《ね》をきかむ
あゝひこぼしも
織姫も
今はむなしく
老い朽《く》ちて
夏のゆふべを
かたるべき
みそらに若き
星もなし
[#改ページ]
きりぎりす
去年《こぞ》蔦の葉の
かげにきて
うたひいでしに
くらぶれば
ことしも同じ
しらべもて
かはるふしなき
きりぎりす
耳なきわれを
とがめそよ
うれしきものと
おもひしを
自然《しぜん》のうたの
かくまでに
舊《ふる》きしらべと
なりけるか
同じしらべに
たへかねて
草と草との
花を分け
聲あるかたに
たちよりて
蟲のこたへを
もとめけり
花をへだてて
きみがため
聞くにまかせて
うたへども
うたのこゝろの
かよはねば
せなかあはせの
きりぎりす
[#改ページ]
春やいづこに
かすみのかげにもえいでし
糸の柳にくらぶれば
いまは小暗き木下闇《こしたやみ》
あゝ一時《ひととき》の
春やいづこに
色をほこりしあさみどり
わかきむかしもありけるを
今はしげれる夏の草
あゝ一時《ひととき》の
春やいづこに
梅も櫻もかはりはて
枝は緑《みどり》の酒のごと
醉うてくづるゝ夏の夢
あゝ一時《ひととき》の
春やいづこに
[#改丁]
夏草より
明治三十一年
(木曾福島にて)
[#改丁]
子兎のうた
ゆきてとらへよ
大麥の
畠《はた》にかくるゝ
小兎《こうさぎ》を
われらがつくる
麥畠《むぎはた》の
青くさかりと
なるものを
たわにみのりし
穗のかげを
みだすはたれの
たはむれぞ
麥まきどりの
きなくより
丸根《まるね》に雨の
かゝるまで
朝露《あさつゆ》しげき
星影《ほしかげ》に
片《かた》さがりなき
鍬《くは》まくら
ゆふづゝ沈む
山のはの
こだまにひゞく
はたけうち
われらがつくる
麥畠《むぎはた》の
青くさかりと
なるものを
ゆきてとらへよ
大麥の
畠にかくるゝ
小兎を
[#改ページ]
晩春の別離
時は暮れ行く春よりぞ
また短きはなかるらむ
恨《うらみ》は友の別れより
さらに長きはなかるらむ
君を送りて花近き
高樓《たかどの》までもきて見れば
緑に迷ふ鶯は
霞《かすみ》空《むな》しく鳴きかへり
白き光は佐保姫の
春の車駕《くるま》を照らすかな
これより君は行く雲と
ともに都を立ちいでて
懷《おも》へば琵琶の湖《みづうみ》の
岸の光にまよふとき
東|膽吹《いぶき》の山高く
西には比叡比良の峯
日は行き通ふ山々の
深きながめをふしあふぎ
いかにすぐれし想《おもひ》をか
沈める波に湛《たゝ》ふらむ
流れは空し法皇の
夢《ゆめ》杳《はる》かなる鴨の水
水にうつろふ山城の
みやびの都《みやこ》行く春の
霞めるすがた見つくして
畿内に迫る伊賀伊勢の
鈴鹿の山の波遠く
海に落つるを望むとき
いかに萬《よろづ》の恨《うらみ》をば
空行く鷲に窮むらむ
春去り行かば青丹よし
奈良の都に尋ね入り
としつき君がこひ慕ふ
御堂《みだう》のうちに遊ぶとき
古き藝術《たくみ》の花の香《か》の
伽藍《がらん》の壁《かべ》に遺りなば
いかに韻《にほひ》を
前へ
次へ
全25ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング