たはふれは
たびにすてゆく
なさけのみ
こひするなかれ
をとめごよ
かなしむなかれ
わがともよ
こひするときと
かなしみと
いづれかながき
いづれみじかき
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醉歌
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
醉うて袂の歌草《うたぐさ》を
醒めての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ間《ま》に
樂しき春は老いやすし
誰《た》が身にもてる寶ぞや
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には憂愁《うれひ》あり
堅く結べるその口に
それ聲も無きなげきあり
名もなき道を説くなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲斐なきことをなげくより
來りて美《うま》き酒に泣け
光もあらぬ春の日の
獨りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智惠に
老いにけらしな旅人よ
心の春の燭火《ともしび》に
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀《かな》しからずや君が身は
わきめもふらで急ぎ行く
君の行衞はいづこぞや
琴花酒《ことはなさけ》のあるものを
とゞまりたまへ旅人よ
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哀歌
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中野逍遙をいたむ
『秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴臺舊譜※[#「土へん+盧」、第3水準1−15−68]前柳、風流銷盡二千年』、これ中野逍遙が秋怨十絶の一なり。逍遙字は威卿、小字重太郎、豫州宇和島の人なりといふ。文科大學の異材なりしが年僅かに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の餘唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を寫せしもの、『寄語殘月休長嘆、我輩亦是艶生涯』、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。
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思君九首 中野逍遙
思君我心傷 思君我容瘁
中夜坐松蔭 露華多似涙
思君我心悄 思君我腸裂
昨夜涕涙流 今朝盡成血
示君錦字詩 寄君鴻文册
忽覺筆端香 ※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]外梅花白
爲君調綺羅 爲君築金屋
中有鴛鴦圖 長春夢百禄
贈君名香篋 應記韓壽恩
休將秋扇掩 明月照眉痕
贈君双臂環 寶玉價千金
一鐫不乖約 一題勿變心
訪君過臺下 清宵琴響搖
佇門不敢入 恐亂月前調
千里囀金鶯 春風吹緑野
忽發頭屋桃 似君三兩朶
嬌影三分月 芳花一朶梅
潭把花月秀 作君玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今《いま》はた殘る歌反古《うたほご》の
ながき愁《うれ》ひをいかにせむ
かなしいかなやする墨の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや前の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契りも結ばずに
君は早くもゆけるかな
すゞしき眼《まなこ》つゆを帶び
葡萄のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬《ねた》き姿かな
同じ時世《ときよ》に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命《いのち》あり八重葎《やへむぐら》
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらむさける間《ま》も
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いといと清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才《ざえ》なれば
病《やまひ》に塵《ちり》に悲《かなしみ》に
死《し》にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹
磯にくだくる高潮《たかじほ》の
うれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて嘶けば
つきせぬ草に秋は來て
聲も悲しき天の馬
かなしいかなや音《ね》を遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄《ひるがへ》り行く一葉舟《ひとはぶね》
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秋思
秋は來《き》ぬ
秋は來ぬ
一葉《ひとは》は花は露ありて
風の來て彈《ひ》く琴の音に
青き葡萄は紫の
自然の酒とかはりけり
秋は來ぬ
秋は來ぬ
おくれさきだつ秋草《あきぐさ》も
みな夕霜《ゆふじも》のおきどころ
笑ひの酒を悲みの
盃にこそつぐべけれ
秋は來ぬ
秋は來ぬ
くさきも紅葉《もみぢ》するものを
たれかは秋に醉はざらむ
智惠あり顏のさみしさに
君笛を吹けわれはうたはむ
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初戀
まだあげ初《そ》めし前髮《まへがみ》の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛《はなぐし》の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあ
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