てわかれををしむより
人目の關はへだつとも
あかぬむかしぞしたはしき

形となりて添はずとも
せめては影と添はましを
たがひにおもふこゝろすら
裂きて捨つべきこの世かな

おもかげの草かゝるとも
古《ふ》りてやぶるゝ壁のごと
君し住まねば吾胸は
つひにくだけて荒れぬべし

一歩に涙五歩に血や
すがたかたちも空の虹
おなじ照る日にたがらへて
永き別れ路見るよしもなし
[#改ページ]

 罪なれば物のあはれを


罪なれば物のあはれを
こゝろなき身にも知るなり
罪なれば酒をふくみて
夢に醉ひ夢に泣くなり

罪なれば親をも捨てて
世の鞭を忍び負ふなり
罪なれば宿を逐はれて
花園に別れ行くなり

罪なれば刃に伏して
紅き血に流れ去るなり
罪なれば手に手をとりて
死の門にかけり入るなり

罪なれば滅び碎けて
常闇《とこやみ》の地獄のなやみ
嗚呼|二人《ふたり》抱《いだ》きこがれつ
戀の火にもゆるたましひ
[#改ページ]

 風よ靜かにかの岸へ


風よ靜かに彼《か》の岸へ
こひしき人を吹き送れ
海を越え行く旅人の
群《むれ》にぞ君はまじりたる

八重の汐路をかき分けて
行くは僅に舟一葉
底|白波《しらなみ》の上なれば
君安かれと祈るかな

海とはいへどひねもすは
皐月《さつき》の野邊と眺め見よ
波とはいへど夜もすがら
緑の草と思ひ寢よ

もし海怒り狂ひなば
われ是岸《このきし》に仆れ伏し
いといと深き歎息《ためいき》に
其嵐をぞなだむべき

樂しき初《はじめ》憶《おも》ふ毎
哀《かな》しき終《をはり》堪へがたし
ふたゝびみたびめぐり逢ふ
天《あま》つ惠みはありやなしや

あゝ緑葉の嘆《なげき》をぞ
今は海にも思ひ知る
破れて胸は紅き血の
流るゝがごと滴るがごと
[#改ページ]

 椰子の實


名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の實一つ

故郷《ふるさと》の岸を離れて
汝《なれ》はそも波に幾月《いくつき》

舊《もと》の樹は生ひや茂れる
枝はなほ影をやなせる

われもまた渚を枕
孤身《ひとりみ》の浮寢の旅ぞ

實をとりて胸にあつれば
新《あらた》なり流離の憂《うれひ》

海の日の沈むを見れば
激《たぎ》り落つ異郷の涙

思ひやる八重の汐々《しほ/″\》
いづれの日にか國へ歸らむ
[#改ページ]

 浦島


浦島の子とぞいふなる
遊ぶべく海邊に出でて
釣すべく岩に上りて
長き
前へ 次へ
全50ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング