をとこの氣息《いき》のやはらかき
お夏の髮にかゝるとき
をとこの早きためいきの
霰《あられ》のごとくはしるとき
をとこの熱《あつ》き手の掌《ひら》の
お夏の手にも觸るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき
をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映《うつ》るとき
をとこの紅《あか》き口脣《くちびる》の
お夏の口にもゆるとき
人こそしらね嗚呼戀の
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎
[#改ページ]
※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
花によりそふ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》の
夫《つま》よ妻鳥《めどり》よ燕子花
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき風情《ふぜい》あり
姿やさしき牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《めんどり》の
かたちを恥づるこゝろして
花に隱るゝありさまに
品かはりたる夫鳥《つまどり》や
雄々しくたけき雄※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《をんどり》の
とさかの色も艶《つや》にして
黄なる口嘴《くちばし》脚蹴爪《あしけづめ》
尾はしだり尾のながながし
問うても見まし誰《た》がために
よそほひありく夫鳥《つまどり》よ
妻《つま》守《も》るためのかざりにと
いひたげなるぞいぢらしき
畫にこそかけれ花鳥《はなとり》の
それにも通ふ一つがひ
霜に侘寢の朝ぼらけ
雨に入日の夕まぐれ
空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へむと※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》の
夜《よる》の使を音《ね》にぞ鳴く
露けき朝の明けて行く
空のながめを誰《たれ》か知る
燃ゆるがごとき紅《くれなゐ》の
雲のゆくへを誰《たれ》か知る
闇もこれより隣なる
聲ふりあげて鳴くときは
人の長眠《ねむり》のみなめざめ
夜《よ》は日に通ふ夢まくら
明けはなれたり夜《よ》はすでに
いざ妻鳥《つまどり》と巣を出でて
餌《ゑ》をあさらむと野に行けば
あなあやにくのものを見き
見しらぬ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《とり》の音《ね》も高《たか》に
あしたの空に鳴き渡り
草かき分けて來《く》るはなぞ
妻戀ふらしや妻鳥《つまどり》を
ねたしや露に羽《はね》ぬれて
朝日にうつる影見れば
雄※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《をどり》に惜し
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