謔闡スくの表情と、感動と、性格とを見出す。六平太氏があの蝉丸の面をつけて、長いこと動かずにわたしたちの前に立つてゐた時は、無量の思ひの籠る彫刻を見る感じがした。すぐれた能役者のあらはして見せるものは、その姿勢の一つ/\が彫刻そのまゝであるかとも思ふ。

 蝉丸は王子である。何故にあの盲目な王子が父の帝によりて捨てられねばならなかつたか、その作者の意圖ははつきりとわたしたちの胸に來ない。わたしの想像によると、蝉丸は中世風な苦行者の首途《かどで》に置かれた王子であつて、父なる帝はその子に解脱への道を教へたものであらうと考へるが、これはわたしの想像であるに過ぎない。おそらく中世の昔の人達はあの作者の意圖を今日のわたしたちより遙かによく汲み取つたであらう。それにひきかへて、不幸な王子の姿はあり/\とわたしたちの眼に浮ぶ。作者の説き明さうとするものが時と共に失はれて來た後世になつても、その人の感じたものだけはこんなに長く殘つてゐることが思はれる。

 わたしはこの年になるまで、僅かに三度しか能樂堂に足を踏み入れたことがない。一度は寶生の舞臺に俊寛を見た時。一度は同じ舞臺に安宅を見た時。今一度がこ
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