梠繧ゥら能樂に移る頃の舞臺の構造はどんなものであつたらうか。あの舞臺の上部に原形を殘したやうな屋根の形といひ、三方より見られるやうに露出した舞臺面の意匠といひ、日光の導き方から、ある意味での光線の無視といひ、正面の背景、隱れた樂屋の位置、すべてが屋外の裝置でないものはないやうな氣がする。言つて見るなら、今見る能の舞臺といふものはもつと日光の滿ちた屋外へこのまゝ持ち出すことも出來ようといふ氣さへして來る。能の演技からわたしたちの受ける印象は、繪畫的であるよりも、むしろ彫刻的であるが、さういふ印象の起つて來るといふのも、一つはその舞臺の構造、裝置、あるひはその高さなぞの約束にもとづくことを思ふ。
能には、殘存した中世そのまゝのやうな稚拙がある。
近代の曙らしい憂鬱も感じられる。
それにしても、あの充實した感じはどうだ、舞臺はさながら嚴肅な道場のやうにさへ見える時がある。
こんなに美しいものが殘つてゐるのに、それを知らずにゐたのかと思ふほどわたしを驚かしたのは、喜多六平太氏が受持つた役の蝉丸の面だ。わたしたちは生きてゐる人の動いた顏に行くよりも、反つてあの一見靜物のやうな面に
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