桙ッたものとせられたのか、それらのことを聞いて見たかつた。
 いづれにしてもあの元氣な澤木君がこんなに早く亡くならうとは思ひがけなかつた。わたしたちの周圍は今、いろいろな問題で滿たされてゐる。十年以前と今日とでは歐羅巴もずつと近くなつたやうな氣がする。君のやうに西洋文化を本質から見てかゝらうとする人のあつたことは、それだけでも意味が深い。君は飽くまでその熱意を持ち續けて、もつと長くこの時代に生きてゐて貰ひたかつた。

     『根岸の鶯』

『根岸の鶯』とは、最近に出來た故岡野知十君の俳句集『鶯日』に因《ちな》み、またその舊廬『鶯日居』にも因んで、わたしが勝手に呼んで見た根岸の作者のことである。不思議な縁故で、わたしは作者の古巣とも言ふべき『借紅居』を知るところから、やがてその初音を聞きつける頃よりある親しみを覺えて來た。四十年も根氣よく啼きつゞけたといふこの老鶯は、わたしの耳に何をさゝやいて呉れるか。
 俳句集『鶯日』は作者の一周忌に際し、その令息や弟子とも友達とも言つていゝ人々なぞの骨折から、故人が風興發句の殆んど全部を蒐めて二卷に編んだ記念の出版である。そのはじめに小泉三申氏の
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