スが、さういふ時でも君には取りみだしたやうな風はすこしもなかつた。
 今になつてわたしは君が歐羅巴を旅した足跡を辿つて見る。君は先づ獨逸に行つて、かず/\の近代的なものに觸れた。獨逸、殊に伯林は、あらゆる意味に於いて近代的だとは、よく君の口から聞いたところだ。佛蘭西に來てからの君が近代の繪畫を見る眼は一層深められたやうであつたが、一方にはそこに殘存する中世から十八世紀へかけての藝術――殊に、ゴシックの建築美は君が探求の的の一つとなつたらしい。それからルネッサンス時代の遺物の多い伊太利の旅へと進んで行つた。君がアカデミックでないクラシックの精神に近づくやうになつたのも、伊太利の旅に得るところが多かつたのであらうと思はれる。おそらく旅の事情と君の健康とが許したら、君の足跡は希臘にまで達したであらう。わたしとしてもあのアテエナに君のやうな探求者を置いて考へたかつた。世界の大戰は旅行者の自由を奪つてしまつたのだ。
『三田文學』の追悼録の中には、安倍能成氏が君を惜んだ一文も出てゐる。その中に『今一つ考へることは、澤木君が西洋美術史を通じて西洋文化を根本的に究明しようとして、輕々しく東洋趣味の横道
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