モは※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニスの商人です。町も村も輕い緑の芽を出しましたけれど、風が底冷く吹いて妙に旅の愁を催させます。明後日あたり倫敦に歸ります。』
 ともある。
 いかに多感多愁の人が君の内部に隱れてゐたかは、これらの葉書便りに殘つた僅かの言葉にも窺はれる。この多感多愁は早く君をしてオスカア・ワイルドのやうな耽美的な傾向を持たせ、又、一面にはハイネの激情を思ひ出させるところのものであつたらう。君が生涯のずつと終りに近くなつて、おのづから君の口に上つて來たやうな短歌の製作を君は何よりの心やりとせられたと聞くが、この多感多愁は脈々として終りまで君の内部に流れてゐたものではなかつたらうかと思ふ。かういふ澤木君にも、借りたものは必ず返し、貸したものはまた必ず返して貰ふといふやうに、貸借關係なぞにかけては人に迷惑を掛けないかはりに人からも迷惑を掛けられたくないやうなところがあつて、さういふ點で君はズボラな詩人肌の人とはちがつてゐた。さういふ散文的な一面があればこそ、あれほどキチンとした生活も出來たのだと考へられる。君はわたしと一緒に下宿にゐる間、一度激しく吐血されたこともあつ
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