ホめ、晩は泊り客を第一にした。その間には、すこしづゝ米商ひもして、殊に八幡屋は蜂屋から分れた家ではあつたが、その元をたゞせば一旦打ち絶えた宿役人の家柄ででもあつたと見えて、年寄役をも勤めた。そんなところから隱居は出發して、漸く彼源十郎が少年と成つた頃にはすこしは勝手も※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]り、ます/\隱居の精出したことは彼もすこしは見覺えてゐると言つてある。
こんな境涯の中で、四人目の彼への心當てなぞは思ひもよらないことであつた。彼はそれを言つて見せて、それでも兄弟は追々と一人づゝ片付き、末子の彼までが町中に家を持つ迄の隱居の辛苦は、なか/\言葉にも筆にも盡しがたいものがあつたといふ。馬籠なぞでは、代々總領は親の仕來つたやうに、百姓は百姓、駕籠かきは駕籠かき、それも長男と生れたもののみが親の仕事を繼げるのであつて、次男からは十三四歳の頃より奉公し、二十四五歳にもなつて己が引き合ふ女房も出來る頃には、自前で漸く賃取り仕事にもありつくやうなものであるが、末には我が生地にも居られないで、後に雲助となつたものもこれ迄には數多くある。のみならず、親の心からは、相續の子よりも
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