から、殊にあの寢物語の里のやうな土地柄には特別に興味を覺える。わたしの郷里では、國も違へば言葉のなまりまで違ふものが山一つへだてながら隣合つて住んでゐる場合であつて、村と村とがそれほど接近した位置にあるわけでもない。でも、美濃派の俳諧は古くからわたしの郷里に流れ込んで來てゐるし、わたしの村に生れた古い畫家の筆は隣國にある人の家のふすまや屏風を飾つてゐる。こちらから嫁にも行けば、向ふから養子にもくる。國の境もそこまで行けば、ほとんど境なきに至る。兩國のものは一切の相違を忘れて、互に混り合ひもすれば、許し合ひもしてゐるのだ。

     囘顧
[#天から10字下げ](『日本文學講座』に寄す)

 改造社から出版された日本文學講座はすでに第十四囘の配本を終り、和歌文學に、物語小説に、隨筆日記に、俳諧文學に、その他明治以來の新しい文學等に、一大文學史の觀あるこの講座もまさに完成されようとしてゐる。わたしは筆執り物を書くものの一人としても、この講座編輯者が骨折と苦心とに對しては感謝の意を寄せたい。これほどの講座は明治年代にはあらはれなかつたもので、わたしたちとしても益を得ることが多かつた。一方
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