p附會の説が多いから、業平小紋もおそらく傳説的な形容の言葉であらうと言つてゐた。兎もあれ、小紋を着るに最もふさはしく思はれるのは冬の日だ。雪やあられと同じ灰白な色調を着て徘徊した時代もあつたと考へて見ただけでも、そこにいひあらはしがたい風情が浮んで來る。

        四

 近江と美濃の國境には寢物語の里の名が殘つてゐる。兩國の村里が相接して、國と國との寢ものがたりする趣のあるといふところから、その名がある。めづらしく思つて、以前にもわたしはさういふ村里のあることを物のはしに書きつけて見たこともある。木曾路名所圖會をあけて見ると、あの邊が東山道の街道筋に當るところで、左右に見える近江と美濃の山々がたけくらべする趣のあるところから、別にたけくらべの里の名も殘つてゐるといふ。名所圖會にはあの村里の圖も出てゐるが、それを見ると兩國の境は壁一重といつてもいゝ。一方に美濃の兩國屋といふ休茶屋があれば、一方には近江の境屋といふ旅籠屋《はたごや》がある。さういふ民家が軒を並べてゐる。兩國のものが相往來し、互に寢物語りも出來さうなところである。

 さういふわたしは、信濃と美濃の國境に生れたとこ
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