や言葉の十分の一でも、この敬ふべき郷土の言葉をもつて驅使成し得るならば、と悲嘆に暮れた。思へば思ふほど、われ/\の言葉や文字は、尊嚴に過ぎて、到底犯し得ぬ貴重なものに變つた。』
[#ここで字下げ終わり]
新時代の作家として牧野君が出發はこゝに萌《きざ》してゐる。君はその言葉や文字の『尊嚴』や、到底犯し得ぬ『貴重』やを打ち碎くだけの才能と勇氣とをめぐまれた。あれほど少年時代に、あらゆる學科のうちで綴り方と作文が何より不得手で、母親に宛てる手紙すら思ふやうには書けなかつたと言ふ君が、その意味を悟る時を迎へるのだと思はれる。さてこそ、君が藝術には感情の解放ともいふべきものが強く働いてゐて、その特色が君の作の字々句々の上にあらはれ、わたしたちの心をひかれるのも主としてその點にある。あの雜誌『十三人』に載つた短篇『爪』などは君の學生時代の作ださうだが、君は戸外に飛び出し、君が手と足とを持つてゐることを、初めて感じたと言つてもいゝほどのものであつた。
不思議な縁故から、わたしは牧野君を引き出す役割をつとめたやうなものゝ、あの『十三人』時代の君は早晩頭角をあらはすべき人で、わたしはたゞ割合に早く
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