て、少年時代のどの一片をとりあげても、いづれも意味深く語つてある。その中に、君は小學でも中學でも凡ゆる學科のうちで綴り方と作文が何より不得手で、幾度も零點を取り、旅先などから母親に宛てる手紙も書きにくかつたといふ一節がある。君はそれに續けて次のやうに書いてゐる。
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『母は私のハガキでも、私が戻るとそれを目の前に突きつけて、凡ゆる誤字文法を指摘した。第一文章が恰《まる》で成つて居らず、加《おま》けに無禮な調子であると訂正されるうちに、作文でも手紙でも私は、眞に考へたことや感じたことを、そのまゝ書くべきものではなく、さういふことを餘程|六ヶ敷《むづかし》い言葉を用ひて書くべきだ、さういふ窮屈を忍んで、決りきつたやうな眞面目さうな、嚴《いかめ》しさうな、そして思ひもよらぬ大袈裟な美しさうな言葉を連ねなければならぬのかと考へると、文字が亦、これがまた言語道斷といふ程拙劣であつて私は途方に暮れた。親戚などに父の代理として時候見舞などを書かされる場合に、母が傍で視張つてゐるのであるが、私には何うしても、末筆ながら御一同樣へも何卒宜しく御鳳聲の程を――などとは書けぬのであつた。
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