田舍へ行くやうに何の造作もなく太平洋上を行き交ふことになるだらうとも言はれる。
 大空を飛ぶ人工の翼こそは、まことに現代を象徴するものの一つであらう。佛蘭西近代の畫家として知られたシャ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンヌは普佛戰爭當時の記念として巴里籠城の圖を作り、遠景の空に浮び上る輕氣球を描き、その前景には一羽の鳩を持つ婦人を描いて佛蘭西人が平和を待つ心をあらはした。シャ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンヌの筆によつて描き出された清げに美しい婦人の眸《ひとみ》は、さながら救ひを望むもののやうに遠い輕氣球の方角にそゝがれてゐる。これが今日のことにして見たら、あの輕氣球も新鋭な航空機に置き替へられなければなるまい。
 しかし、この現代に生きるものに取つて忘れてならないやうな好い教訓を與へた人がある。それは先年、太平洋横斷の冒險に成功した亞米利加の飛行家だ。飛行家ほど自然の征服者のやうに見えるものもないが、その實、高く飛ぶことによつて、より大きな自然の懷裡《ふところ》に飛び込むことを身をもつて證據立てたのも、あの亞米利加人であつた。高く飛ぶことを知るものは、風の力に身を任せるこ
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