の話なぞもその一つだ。京都も今とは違つて、昔は魚に不自由したところであつたさうだが、若狹の方から商人のかついで來る魚にかぎつて、活き/\とした味を失はないのはどういふ譯かと、料理人仲間の噂に上つたとのこと。だん/\樣子をきいて見ると、若狹の商人が北陸の海邊から山越しに京都まで運んで來る魚荷の中には、かならず笹の葉が入れてあつて、そのために魚の味の落ちないことが判つたといふ。さすがに一つの道に精しい人達はおもしろいところへ眼をつけるものだと思つて、あの笹の葉の話は妙に忘れがたい。

 深く眠るまでもない晝寢には、手近にある古い字書なぞを引きよせて枕のかはりとしても、それでも事は足りるやうなものだ。しかし横になる時の姿勢だけは、なるべく安らかにありたい。古代のギリシャ人は片足を長く延ばし、片足をすこし折りまげた寢像の彫刻を造つて、それで眠りを表現した。よく生きることを知つてゐた古代のギリシャ人は、よく眠ることをも心得たゐたと見える。

 かつてフランスの旅にあつたころ、パリの郊外にペエル・ラセエズの墓地を訪ねたことがある。そこはフランスに名のある歴史的な人物やパリで客死したといふイギリスの
前へ 次へ
全195ページ中173ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング