の節はごく日の短いさかりでも、とき/″\寢たりなぞする。追々|箍《たが》のゆるむのを忘れて横着に構へるといふわけでもないが、先づ一仕事濟んだといつては横になり、こんなにしてはゐられないといつては横になる。どうかすると、枕もとに古い煙草盆を引きよせ、好きな煙草を一服やつて、さて眠られても眠られなくても、靜かに横になるのを樂しむこともある。
小泉八雲といふ先生は、この人も寢ることにかけてはわれらの友達仲間であつたと見え、いつぞや山陰地方へ旅し先生の遺跡を訪ねた折に、その故家に先生遺愛の古い枕を見出した。黒い漆を塗つた小さな木枕であつた。そのところ/″\漆の剥げるまで生前愛用されたらしいもので、晝寢の夢のあとはあり/\と殘つてゐた。異邦人ながらに先生が見つけたこの國の愛はそんな古風な枕の類にまで及んでゐたかとめづらしく思ひ、どんな寢心地のものか自分も一つ試みるつもりで、松江を去る時にその出雲土産を買ひ求めて來た。歸京後にそれを取り出して、ときどき試用して見たが、いかにいつても枕としては低く、木の質も堅く、新しい手拭など折り疊んでその上にあてがひ横になつて見ても、どうも自分には適しなかつた
前へ
次へ
全195ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング