7字上げ]有明
 郷を去つて飄然西の方へ下つて行つた武林無想庵君が途中からの葉書便りを受け取つて見ると、同君は靜岡に蒲原さんを訪ねたと書いてよこして、同じ葉書に有明君の筆でこの歌二首かきつけてある。『めづらしき友』とは武林君のこと。あの『草わかば』、『春鳥集』、『有明集』の作者に、今日の不自由さが待つてゐようとは誰しも思ひがけないことで、耳|聾《し》ひた詩人からの便りを机の上に置き、しぐれがちな初冬の夜の空氣も身にしみる電燈のかげに、二首の歌を繰り返し讀んで見た時は思はず胸が迫つた。

 歐羅巴人の見地よりする古代印度の研究者として名高く、吾國から巴里に遊んだ學者達をはじめ多くの日本の留學生を愛した佛蘭西大學のシル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・レヰイ老教授のことは知る人は知る。あの佛蘭西の學者も近く故人となつたと聞く。
 レヰイ教授は、アインシュタインなぞと同じやうに猶太《ユダヤ》系統の人であつた。あの教授の家庭では他の佛蘭西人のそれと變つたこともないが、たゞ一年に一度、家族の人達と共に黒パンを食ふ日が定めてあつたとのことである。これは猶太民族が埃及《エジプト》を出た遠い昔
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