を記念するための年中行事の一つとして、教授の家庭に行はれてゐたことであるとか。今は東京の天文臺に在勤する福見尚文君は長いこと巴里に遊學時代を送つた篤學の人で、レヰイ教授の家族とも親しかつたところから、わたしは同君を通してその話を聞いたことを覺えてゐる。ことしの冬、教授の訃《ふ》を耳にするにつけても、曾てわたしは巴里の植物園の近くに住む家族の人達から茶の會や食事なぞに招かれたことを思ひ出し、わたしが國から遠い旅の記念にもと用意して行つた茶、椿、銀杏、沈丁花なぞの日本産植物の種子を贈つたのも教授の許であつたことを思ひ出した。一年に一度の黒パンは何でもないことのやうだが、民族の長い歴史にかけてそれを記念するところに教授が心の奧もしのばれて、あの話は忘れがたい。

 異國の教授の上ばかりでなく、過ぐる七年の月日の間に亡くなつた老幼の舊知を數へて見ても驚かれるばかり。小山内薫君、岡野知十君、いづれも今は故人だ。根岸の岡崎幸之助君は舊姓池田と言つて、高橋の河岸の角に薪炭問屋を營んでゐた岡崎家を相續した人で、京橋數寄屋河岸の泰明小學校へ通つて來られた頃はわたしも共に机を並べた少年時代からの友達である
前へ 次へ
全195ページ中166ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング