來した和蘭藥草の種子が初めてこの國の土に蒔かれもし又根づきもしたのも、ケンペルの開拓した植物園であつたらう。往時の長崎奉行とも言ひたい風俗の士が從者と共に異人の間にまじつてその靜かな園内を逍遙するさまを描いたものは、銅版畫としても殘つてゐる。蘭醫の大家として名高いシイボルトがずつと後になつて長崎に渡來し、この先着の同國人が殘した植物園を見た時は餘程の感慨を覺えたものらしい。シイボルトがケンペルを記念するために園内に建てた碑は今は長崎の公園の方に移されてあるといふ。わたしはその碑文の譯を見たこともあるが、今だにあれは忘れがたい言葉としてわたしの胸に殘つてゐる。どういふ人の筆になつたものか知らないが、その譯も好い。
[#天から2字下げ]『緑そひ、咲きいで、そが植ゑたる主をしのびては、めでたき花の鬘《かつら》をなしつゝあるを。』

 今度の仕事が第二部第二章までを中央公論誌上に發表した頃、匿名の人よりわたしは葉書を貰つた。それには、『貴作「夜明け前」を雜誌の上で缺かさず愛讀してゐるものです。「中央公論」七月號のも拜讀いたしました。その中で、三十五頁の十三行目に、「大阪平野の景色」云々といふと
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