や公用を帶びた御番衆方などの通行の記事がよく出て來るが、やれ何百人からの人足を木曾谷中から寄せただけではまだそれでも手が足りなかつたの何のと、大袈裟なことばかり。ところが、あの地方に殘つた古帳なぞをしらべて見ると、今日わたしたちの考へでは信じ難いやうな事實があり/\ と隱れてゐるのだから驚かれる。
過去が無造作に掘り起せるものでないことは、今度わたしも『夜明け前』を書いて見て、つく/″\それを思ひ知つた。昔は一藩の家老が地方を巡見したといふだけでも、ちよつと今日の尺度《ものさし》にはあてはめられない。どんな遠近法をわたしたちが見つけるにしたところで、それは『言葉』の現實性を目安にする外はないと思ふ。信州埴科新地村の山崎氏方には天保九年度の『御巡見樣御馳走、御役人樣御宿、御書上帳』なるものが殘つてゐる。それは松代藩の家老一行があの地方を巡見した折のことらしいが、その書上帳によると、家老上下三十人(御馬一疋)、使者上下九人(馬一疋)、奉行は道橋奉行の組を合せて上下十九人(馬二疋)、火消三人、足輕衆十人、代官上下五人、醫師上下十二人、祐筆四人、附添勘定上下八人、徒目附上下三人、大工頭八人
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